「ゾンビ企業は潰せばいい」という考え方が、日本の技術を失わせるかもしれない ~中小企業の淘汰で、日本の技術を失ってはいけない~

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2026.10.24

「ゾンビ企業は潰せばいい」という考え方が、日本の技術を失わせるかもしれない ~中小企業の淘汰で、日本の技術を失ってはいけない~

中小企業の淘汰ではなく、価値が正当に報われる経済へ

最近、日本の中小企業について、こんな意見を耳にすることがあります。

「生産性の低い中小企業は淘汰すべきだ。非効率な企業を延命するよりも、経営効率の高い大企業に人材を集めたほうが、日本経済は成長するのではないか」

一見すると、合理的な考え方に聞こえるかもしれません。

限られた人材や資金を、より生産性の高い企業に集める。競争力のない企業は市場から退出し、成長できる企業に経営資源を集中する。

経済の新陳代謝という観点では、確かに重要な考え方です。

しかし、私はこの議論には、見落とされている大きな問題があると考えています。

それは、利益率や売上高だけでは測れない、中小企業が持つ技術やノウハウの価値です。

もし私たちが、目先の収益性だけを基準に企業の存続を判断してしまったら、日本経済を長年支えてきた技術や技能まで失ってしまうのではないでしょうか。

今回は、この問題について考えてみたいと思います。

1. 中小企業は、本当に非効率な存在なのか

日本には、世界に誇れる技術を持つ中小企業が数多く存在します。

熟練した職人の経験によって成り立つ精密加工。特殊な材料を扱う技術。長年の試行錯誤によって培われた製造ノウハウ。そして、大量生産では対応できない細かな要求に応える柔軟性。

こうした技術は、必ずしも大企業の設備や資金力だけで再現できるものではありません。

なかには、従業員数が少なくても、特定の分野で代替の難しい役割を担っている企業もあります。

例えば、ある町工場が特殊な部品を製造しているとします。

その部品は、製品全体から見れば小さな存在かもしれません。しかし、その部品がなければ、最終製品を完成させることができません。

町工場が廃業し、同じ品質の部品を製造できる企業が国内になければ、製品そのものを海外から調達しなければならなくなる可能性もあります。

さらに深刻なのは、長年培われた加工技術や熟練者の判断力が、企業の廃業とともに失われてしまうことです。

設備を買い直すことはできても、数十年にわたって蓄積された経験まで、簡単に買い戻すことはできません。

つまり、一社の経営効率だけを見て判断した結果、産業全体にとって取り返しのつかない損失を生むことがあるのです。

もちろん、すべての中小企業を存続させるべきだと言いたいわけではありません。

重要なのは、その企業が本当に価値を生み出していないのか、それとも価値を生み出しているにもかかわらず、十分な利益を得られていないのかを見極めることです。

この二つは、まったく違う問題です。

2. 優れた技術を持っていても、儲かるとは限らない

では、なぜ高い技術力を持つ中小企業が、十分な利益を確保できないのでしょうか。

その大きな要因の一つが、企業間の取引構造にあります。

日本の製造業や建設業などでは、発注元から元請企業、一次下請企業、二次下請企業へと仕事が流れていく、多層的な取引構造が見られます。

この構造そのものが悪いわけではありません。

各段階の企業が、設計、調達、品質管理、工程管理、顧客対応などの役割を担うことで、産業全体が成り立っている面もあります。

問題は、実際に価値を生み出している企業が、その価値に見合った対価を得られているかどうかです。

例えば、発注元から100万円の予算で製造の仕事が出されたとしましょう。

その仕事が複数の企業を経由するうちに、それぞれの企業の管理費や利益などが差し引かれ、実際に加工を担当する企業に届く金額が小さくなっていく。

もちろん、それぞれの段階に必要な費用や正当な利益はあります。

しかし、実際の製造を担う企業が、原材料費や人件費の上昇を価格に反映できず、厳しい利益率で仕事を続けざるを得ないとしたら、どうなるでしょうか。

設備を更新する余裕がなくなります。

若い人材を採用し、育成することも難しくなります。

熟練者が引退しても、その技術を次の世代に引き継げなくなるかもしれません。

そして、最終的には日本の産業全体が、その技術を失うことになります。

ここで考えたいのは、利益率が低いという結果だけを見て、「この企業は非効率だから淘汰すべきだ」と判断してよいのか、ということです。

本来なら十分な利益を得られる技術を持つ企業が、取引上の立場の弱さによって利益を確保できていないのであれば、改善すべきなのは企業だけではなく、取引の仕組みそのものです。

3. 大企業と中小企業は、対立する存在ではない

ここで誤解してほしくないのは、大企業を悪者にしたいわけではないということです。

大企業には、大規模な研究開発、資金調達、海外展開、大量生産など、中小企業には難しい役割があります。

優れた大企業が、日本経済を牽引していることも間違いありません。

また、中小企業の中にも、経営改善が必要な企業や、時代の変化に対応できていない企業は存在します。

問題は、企業の規模ではありません。

誰が価値を生み出し、誰が価格を決め、誰がその価値から利益を得ているのか。

そこに目を向ける必要があります。

大企業が高い生産性を実現し、その成果を取引先にも適切に還元できれば、産業全体が強くなります。

反対に、短期的な利益を優先して取引先への価格引き下げを続ければ、帳簿上は効率的に見えても、長期的には技術力や供給能力を損なう可能性があります。

取引先が弱体化すれば、いずれ発注元も困ることになります。

大切なのは、大企業か中小企業かという対立ではなく、企業規模にかかわらず、価値を生み出した企業が正当に報われる経済をつくることです。

4. 日本経済を立て直すために、何を変えるべきか

では、どうすればよいのでしょうか。

私は、少なくとも次の四つの方向から改革を進める必要があると考えています。

① 適正な価格で取引できる仕組みをつくる

まず必要なのは、実際にかかった費用や提供した価値を、取引価格に適切に反映できるようにすることです。

人件費、原材料費、エネルギー費などが上昇しても、発注元との力関係によって価格を据え置かれてしまえば、受注企業の利益は圧迫されます。

価格交渉に応じない一方的な価格決定や、不当な値下げ要求を防ぐとともに、取引階層の深い企業にも適正な価格転嫁が行われるようにする必要があります。

2026年1月には、従来の下請法が中小受託取引適正化法(取適法)として改正施行され、取引の適正化に向けた制度が強化されました。

しかし、法律を整備するだけでは十分ではありません。

取引先に不利益を与えることを恐れて、価格交渉を申し出られない企業があれば、制度は十分に機能しているとはいえません。

違反を監視する仕組みと、安心して交渉できる環境を整えることが重要です。

② 中間段階で生まれる価値と費用を透明にする

複数の企業が介在する取引では、それぞれがどのような役割を担い、どのような価値を提供しているのかを明確にする必要があります。

必要な管理業務や調整業務には、当然、適正な対価が支払われるべきです。

一方で、実質的な付加価値を生み出していない中間コストが存在するなら、見直す余地があります。

発注から最終的な製造までの取引階層を把握し、各企業の役割や費用を適切に検証できれば、産業全体の効率化にもつながるはずです。

目指すべきなのは、中間企業を一律に排除することではありません。

価値を生む機能には正当な対価を払い、価値を生まないコストを減らすことです。

③ 技術やノウハウを、正当な収益につなげる

中小企業の技術を守るには、技術を保護するだけでなく、その技術から利益を得られる仕組みが必要です。

独自の製造技術やノウハウを持っていても、取引先との交渉力が弱ければ、価格に反映できないことがあります。

また、共同開発や技術提供を通じて得られた知識が、適切な契約なしに利用されてしまう問題にも注意が必要です。

技術の利用許諾、共同開発の契約、知的財産の保護などを通じて、中小企業が自社の技術的な強みを収益につなげられる環境を整えるべきです。

さらに、自社の技術を必要とする顧客と直接つながる販路を開拓できれば、特定の発注元への依存を減らすことにもつながります。

技術を持っているだけでは、会社は存続できません。

その技術が持つ価値を理解してもらい、適切な対価を得られることが必要なのです。

④ 補助金や公共調達を、社会的な価値に基づいて見直す

国や自治体による補助金や公共調達についても、企業の規模や知名度だけではなく、支援によってどのような価値が生まれるかを重視すべきです。

国内で代替が難しい技術を持っているか。

将来の技能者を育成できるか。

地域の雇用や産業基盤を支えているか。

支援によって、民間だけでは実現しにくい設備投資や研究開発が可能になるか。

こうした観点から評価することで、公的資金をより効果的に活用できるはずです。

もちろん、中小企業であることだけを理由に支援すべきだという話ではありません。

重要なのは、支援の基準と結果を透明にし、社会全体にどのような利益をもたらしたかを検証することです。

企業を延命するためだけの支援ではなく、日本の技術、人材、供給能力を育てるための支援へ。

その方向に政策を改善していく必要があると思います。

5. すべての企業を守る必要はない。しかし、価値ある技術を失ってはいけない

ここまで中小企業の重要性を述べてきましたが、すべての企業を存続させるべきだとは考えていません。

経営改善の見込みが乏しい企業を、無期限に支援し続けることにも問題があります。

経済には新陳代謝が必要です。

ただし、企業の退出と、そこにある価値の消失は、必ずしも同じではありません。

後継者がいない企業なら、事業承継やM&Aによって技術や顧客基盤を引き継げるかもしれません。

事業の一部に競争力があるなら、その部門だけを他社に譲渡する方法もあります。

会社を閉じる場合でも、熟練者の技能や設備、ノウハウを別の企業に移転できれば、社会的な損失を小さくできる可能性があります。

つまり、守るべきなのは企業という法人格そのものではなく、技術、人材、顧客との信頼、そして社会に必要な供給能力です。

再生できる企業には再生の機会を与える。

再編によって強くなれる企業には、その道を開く。

そして、再生が難しい企業からも、引き継ぐべき価値を次の世代につなげる。

こうした仕組みこそが、健全な新陳代謝ではないでしょうか。

6. 本当に目指すべきは、努力が報われる経済

日本経済の競争力を高めるために、生産性を向上させることは重要です。

新しい技術を導入し、業務を効率化し、経営を改善する努力も欠かせません。

しかし、企業に努力を求めるのであれば、その努力が報われる環境も整えなければなりません。

どれほど優れた技術を持っていても、価格を決める力がなく、適正な利益を確保できず、次の世代を育てる余裕もない。

そんな状況を放置したまま、経営効率だけを理由に企業の淘汰を進めれば、日本が長年かけて築いてきた産業基盤を自ら弱めてしまう可能性があります。

一方で、価値を生み出す企業が適正な利益を得られれば、設備投資が可能になります。人材を採用し、技術を継承し、新しい製品やサービスを生み出すこともできます。

その成果は、取引先や従業員、地域社会、そして日本経済全体に広がっていきます。

必要なのは、企業の規模によって優劣を決めることではありません。

価値を生み出した企業が正当に報われ、次の価値を生み出すための投資ができる経済をつくることです。

おわりに――日本の技術を、次の世代へ

日本には、世界に誇れる技術やノウハウが、今も数多く存在しています。

そのすべてが、大企業の研究所や大規模な工場にあるわけではありません。

地域の町工場や専門的な加工業者、設備の保守を担う企業、長年の経験を積み重ねてきた職人たち。

こうした人々や企業が、日本の産業を足元から支えています。

彼らが生み出す価値を適切に評価せず、十分な利益を得られない構造を放置したまま、「生産性が低いから淘汰すべきだ」と結論づけてしまってよいのでしょうか。

企業の新陳代謝は必要です。

しかし、それは価値あるものまで失ってよいという意味ではありません。

日本経済に必要なのは、中小企業を無条件に守ることでも、大企業にすべてを集約することでもありません。

価値を生み出す企業が正当に評価され、その利益を技術、人材、設備へと再投資できる環境をつくること。

そして、役割を終えた企業からも、引き継ぐべき技術や技能を次の世代につないでいくこと。

それが、公平で持続可能な日本経済への道だと私は考えます。

目先の効率だけを追い求めるのではなく、10年後、20年後の日本に、どのような技術と産業を残したいのか。

今こそ、その視点から経済の仕組みを見直す必要があるのではないでしょうか。

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